ガラスの靴を持たなくても

「自分磨き」初心者・二十代女の意識の低い美容ブログ

インスタグラムへの視線の違和感

 

こんにちは。さっき、耳かきと焼き鳥の串を間違えて、危うく鋭利な串を耳につっこみそうになりました。どんなものでも凶器になり得る、狂暴な世界を我々は生きている。どうも、初心者女かのです。

 

今日は思いっきり雑談です。SNSの、特にインスタグラムについて思うことがあったので書きました。

 

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ワイドショーを見ていたら、インスタグラムをやっている主婦の女性にフォーカスした特集だった。

街行く主婦の街頭インタビューから、主婦のインスタは高級ランチの写真が多い、という、熊はハチミツが好きみたいな本当なんだかイメージなんだかよくわからない無難な結論を出しつつ、今度は有名主婦インスタグラマーへと話が進む。

紹介された女性は何万人もフォロワーのいる有名主婦インスタグラマーで、かなりセンスがいいらしく、投稿はすべて自宅の中の家具や雑貨や部屋の写真で、

というところで見るのを辞めてしまったのだが、いろいろと思うところがあった。

 

というか、ちょっと怒っている。かわいこぶって言うとプンプンだ。

なぜかわいこぶったのか、そしてなぜ懐かしのさとう珠緒を挟んでしまったのかはともかく、番組は終始(と言っても特集のたぶん半分しか見ていないのだが)「インスタグラム、流行ってるね〜!すごいね〜!」という未知のものに対する驚きの視線が演出されていた。

 

簡単に、かつ乱暴に言えば、ただの主婦が家の中を撮った写真に「いいね♡」ボタンが押されまくってて、「スゴイね〜!」という話だ。

スゴイ、のあとに何が省略されているかはわたしと同じ番組を見ていた視聴者各々のバリエーションに任せるが、少なくとも素直に賞賛はしてないだろう。

玄関に立てかけられた赤い傘の写真を紹介して、「この投稿にイイね♡がこんなに!」という紹介の仕方からも明らかだ。

 

傘て!ただの赤い傘て!

 

番組の制作スタッフからか、テレビの前の視聴者からか、はたまた自分の心の深淵からか、どこからかブクブクとそんな声が聞こえてくる。いや、わかる。

ただの赤い傘に何が5000イイねだ、とツッコミを入れたくなる気持ちはわかる。

 

たぶんそのイイね♡は、これまでその人が作り上げてきたインスタワールド、大仰な感じで言えばある種のブランディングにイイね♡を思っていたり、カタログのように自分の部屋作りの参考にしたくてイイね♡を押したり、写真の下につけられた当たり障りないコメントに共感してイイね♡を押しているだけで、何も赤い傘信者が5000人もいるわけじゃない。 

 

だがそもそも、インスタグラムって承認欲求の満たし合戦で、女達のマウンティング会場でしょ?イイね♡が欲しくて、オシャレな感じを演出してるんでしょ?

 

そんな声が暗に聞こえてくる。

だがそういう視線にプンプンスカスカなのだ。サチモス風に言えばインスタ嘲笑する奴もうグッバイだ。

 

 

たしかにマウンティング会場と化してる人のインスタはしんどいなと思う。やばいとかキモいとかじゃなくて、ただただしんどい。

人から幸せアピールをされても、その幸せらその人だけのものだ。アピールする人は、いくら人と比較したところで自分が幸福を感じなければ永遠に幸せにはなれないというシンプルな事実を忘れている。

そしてされた方も、表参道の高級ランチを見せつけられて、それを食べれば幸せになれるのなら食べに行けばいい。そんなお金はないのなら、妥協するかまったく別の価値観に身を置くかしかない。

ちなみにわたしはMinecraftという正方形のブロックのレゴみたいなゲームが大好きで、いつも無言かつ完全に瞳孔を開ききって自分だけの箱庭を作り上げているため、同居している家族に気味悪がられている。やりすぎて現実の世界がすべて正方形のブロックに見えた朝。そんな幸せもあるのだ。

 

マウンティングや、そして孤独が透けて見える人はたしかにしんどい。

そしてそんな投稿をする人の気持ちもわかるのだ。

誰だって人によく思われたいし、いい感じだと思われたい。素敵ねって褒めてほしい。でもそれを全面に出すのはこっぱずかしいから、心の中で思うに留めているだけだ。

 

でもインスタって、少なくともわたしの周りは、そんな人ばかりではないのだ。本当に。

 

わたしには学生時代からなんとなくやっている、友達だけがフォロワーのインスタアカウントがあるのだが、その中に超センスのいい子がいる。その子はクラブでパリピでも代官山の蔦屋書店タイプでもなく、言うなれば雑誌リンネルと婦人画報を足して二で割った二十代女子という感じなのだが、撮る写真、撮る写真が軒並み雑誌Hanako並みのおしゃれさなのだ。それなのにちゃんと地に足ついている感じもあって、散歩をしていたら写真に撮りたい風景にたまたま出会って、「これ撮っちゃお〜」という感じの自然さ。「インスタ映え」なる概念とは完全に真逆だ。

彼女の生来のセンスの良さに完全に脱帽なのだが、インスタってそれでいいじゃん、というかそれじゃん、と思うのだ。テレビで映ったマウンティング孤独ピーポーたちの死屍累々が横たわる血塗られた戦場ではなく、もっと軽やかで気持ちのいい風の吹く丘。

 

スマートフォンのカメラの解像度がどんどん上がり、機能も増え、いつのまにかカメラを持って生活することが当たり前になった。

言うなれば一億総カメラマン社会だ。

生活していると、これは撮っておきたい!というどうしても抑えきれない気持ちにさせられる光景に出会うことはある。きれいな風景だったり、かわいい犬だったり、自撮りだったり、好きな本だったり、いろいろだ。そして手元にカメラがあるんだから撮るし、それを自分だけの楽しみにするのではなく人に見てほしいと思うのもわりと普通の欲求だ。撮りたかったら撮ればいいし、見せたかったら見せればいい。手を加えることでもっと良くなるならそうすればいい。写真なんてインスタが誕生する前からずっと恣意的なものだ。

難しく考える必要はなくて、ただそれだけのことのような気がする。

 

 

 

インスタは日常を切り取ってる人も多いが、趣味アカウントも多い。わたくし初心者女かののアカウントも完全なる趣味アカウントでして、新しく買ったコスメの写真とコスメ・メイクイラストを中心に載せています、という完全なる宣伝を最後に引っさげて、文章を終わりにします。

 

 

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