ガラスの靴を持たなくても

「自分磨き」初心者・二十代女の意識の低い美容ブログ

デパコスを使っていない社会人は恥ずかしいのか


こんにちは。今日スーパーに行ったら、出口のところに繋がれていた犬にすごいご機嫌な様子でジャンプをしながらしっぽを振られ、向こうから来たカップルに飼い主と勘違いされた初心者女かのです。
彼女の方に「可愛いですね」と話しかけられたので、「そうですね」と答えておいた。
犬は可愛かった。
 

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わたしは猫派であるので、さっさと本題に入ろうと思う。
デパコス、いわゆる百貨店で売っているハイブランドのコスメのことだ。
 

結論から言うと、特に恥ずかしいことはないし、使うか使わないかは個人の自由である、とわたしは思っている。
他人様から見れば、その顔についている化学物質をいくらで買ったかなんていうことは、ガチャピンとムックが友達ではなく師弟関係だということくらいどうでもいいことだ。ちなみに、ジャムおじさんとバタ子さんは友達以上恋人未満だ。

そう思っているが故、当然わたしはデパコスを数えるほどしか持っていない。
理由はいくつかある。

まず、ビビり美容初心者なのでコスメカウンターなるものに一人で行けないのだ。
これは実はかなりの大問題で、コスメカウンターなるものに行かなければデパコスは手に入らない。ダンブルドアの墓を暴かなければニワトコの杖を取り出せないというようなものである。ただし、ダンブルドアの墓はどこにあるのか探し回らなければならないが、コスメカウンターは都会の百貨店の一階にある。入ってすぐなのでだいたい迷わない。であるのだが、行けないものは行けないのである。
 
何あのきらびやかな空間。
そしてどこからかする、とてつもなくいい匂い。
接客する女性たちも、ここは紀元前のエジプトですかと思わずパピルスを取り出したくなるようなクレオパトラ風の化粧で、こっちを客かそうでないか判別する危険な目でジロジロと見てくるのだ。無理。無理だ。無理に決まってる。
 
だからあのキラキラした空間に足を踏み入れると、わたしは誰に聞かれたわけでもないのに、「たまたま近道だったから通っただけで、用なんか何にもないんですよー」という顔をして早足で逃げ出してしまうのだ。
 
 
わたしがハイブランドの化粧品を持っていない理由はまだある。
そろそろどうでもよくなってきたと思うが、我慢して聞いてほしい。
そうは言ってもデパコスをいくつか持っているのだが、なぜコスメカウンターに行けないわたがそれらを持っているかと言うと、オシャレ空間に臆しない友人や知人にプレゼントされたものがあるからである。
つまりわたしにとってデパコスのコスメは、人からもらうものであって、自分で買うものではないのだ。

一番初めの記事を読んでもらえばわかるとおり、わたしは脱毛する金で本を買いたいし、映画が見たいし、美味しい料理が食べたい人間だ。そんな人間が五千円する口紅をわざわざ自分で買うわけがない。というか、ちょっと高級感のあるパッケージで、ちょっといい匂いがするくらいで、プチプラの口紅の半分しかないようなものがなぜ五倍の値段がするのかまったく理解が出来ない。広告費じゃん。
 
だが値段については理解ができないが、買う人の気持ちはわかる。
プチプラコスメにはない微量の美容成分や豊富なカラーバリエーション、発色などもデパコスを選ぶ理由の理由だろうが、それに加え、おそらくデパコスを使っている人は、そのコスメを使うことによってその日一日気分がアガるとか、謎の無敵感を味わえるといった気持ちにお金を出していると思う。あの、ほかの人には見えない薄い膜をまとったようなちょっと自分がアップデートされる感覚は、たしかにとても気持ちがいい。だから、買いたい人は買えばいいのだ。
 
ここまで無駄に長い文章書き連ねてきて、さすがにバレていると思うが、要はわたしにはデパコスを買う金がないのである。
そりゃ、わたしがロサンゼルスのセレブで、自由に使えるお金が何百万とあるのだとしたら、シャネルの口紅やディオールグロスやマックのチークを買いまくるに決まっている。
でもないから買わないのだ。
そして、わたしはそれが恥ずかしいことだと思わない。
社会人になったらちゃんとしたハイブランドのコスメを持つべきという言葉は、要は社会人になったのだからブランド物の財布や時計を持つべきであるとか車を買うべきとか家を買うべきとか結婚するべきとか、とにかくそういう、誰が言ったか知らないが、世間でそういうものとされていることの亜種なのだ。その言葉自体に中身なんてなくて、「みんながそうだから同じことをしたほうが良いに決まっている」という一種の呪いでしかない。
バブリーな青春時代を送ってきた上の世代の一部の方たちはどうかはわからないが、どんなコスメを使うかはその人の自由だと大体の人は思っているんじゃないだろうか。そもそもハイブランドのコスメのすべてが良いわけでもなく、どんなに人気のコスメでも人によって肌に合う合わないはあるし、興味のある無しも人それぞれだ。「年齢相応の装いをしろ」というのは一見もっともらしく聞こえる言葉だが、それが一番重要なことだとはどうしても思えないのだ。
そりゃわたしだって、チェーンがついたマジックテープの財布を使っている大人の男性を見たら、一瞬ビックリするだろう。でもただそれだけだ。その人に好意を持つか否かは、少なくともバリバリ財布では、わたしは測ることができない。

バーレスク』という映画がある。歌姫クリスティーナ・アギレラ主演の<del>ストーリーは特にない</del>最高にテンションのあがる有名ミュージカル映画だ。

 

Burlesque

Burlesque

 

 


あの映画の中でわたしが一番好きなシーンは、主人公のアリにメイクを施しながら、上司にあたるテスという女性が自分の母親の話をするシーンだ。
正確な台詞までは覚えていないのだが、モデルをしていた母親とその友達が、朝、椅子を並べてみんなでメイクをしていたという思い出の話。映像には出てこないが、窓から朝の柔らかな日差しがさしこむ部屋で、三人の大人の女性たちが少女の遊びのように無邪気に笑いながらメイクをする光景が目に浮かぶ。
可愛くなるって、美しくなるって、とても自由で楽しいことでしょう?
テスの母親たちは太いアイラインを引きながら、そう言っている気がする。